わたしたちの生活の中で、ドライヤーや空気清浄器(せいじょうき)など、プラズマを発生させる製品を見かけるようになりました。ドライヤーはうるおいを、空気清浄器は殺菌(さっきん)効果があるとうたわれています。
今回インタビューをした東京都市大学の平田先生は、プラズマを、医療(いりょう)の分野でつかう研究をされています。さまざまな現象が確認されているものの、そのはっきりとしたメカニズムはわかっておらず、世界中の科学者が先をあらそって研究をしているとのこと。
4人目のノーベル賞候補(ノーベル賞は3人までですよね)の科学者からも「やっておくべきだった!!」とうらやましがられる平田先生のご研究。そんな期待の研究のお話しをうかがいました。
---今日は、インタビューをさせていただくために、先生のご研究を予習してきましたが、とても難しかったです。
(笑)。難しそうに見えますが、そんなに難しい事ではないんですよ。わたしの研究は、プラズマを医療(いりょう)分野で活用していこうとしているんです。
たとえば、直接生体(せいたい ※たとえば「からだ」)にあてて細胞(さいぼう)を増やす再生医療(さいせいいりょう)として応用したり、あるいは金属と生体を接着(せっちゃく)させるためにプラズマをあてたり、アレルギー反応をおこさないように金属の表面を加工したり…。
---いろいろな使い方ができるんですね。もう少しくわしく教えてください。そもそもプラズマとは、どのようなものなのでしょうか?
水でたとえると分かりやすいと思います。氷は個体ですが、温度を上げていくと液体(水)、さらに上げると蒸発(じょうはつ)して気体になりますよね。それをさらに温度を高くしていくと、分子のかたまりとなり、最後には分子が原子となって電気を帯びたイオンの状態になります。この、イオンになった状態をプラズマと言います。温度は、10,000℃から10,000℃。
---そんなに高い温度のプラズマを、人間の体にあてたら、やけどしてしまうのでは?
体にあてて炭になってしまっては、それは大変ですよね(笑)。でも大丈夫なんです!!なぜなら、原子がとても小さいからです。プールの中に小さな焼けた石をなげこんでも、プール全体の水がお湯にならないように、プラズマの原子が小さいので、焼けてしまうほどの影響がないんです。
もちろん、温度や密度を調整する必要はあります。ちょうどよいエネルギーだと、よい刺激(しげき)になって、自己治癒力(じこちゆりょく)を高める事ができるんです。やけどや切り傷を治すこともできるんですよ。
エネルギーの強さを変えると、厚さ15cmの鉄板も、簡単に切れてしまうようなものにもなります。
---生体にプラズマを使うには、温度や密度の調整が大切ということですね。
そうなんです。最初はわたしもうまくいきませんでした。実験していた細胞は全滅(ぜんめつ)してしまうし、かびは生えるし・・・。自分の手にもあてたのですが、感電しました!!ああ、これではたしかに全滅してもしかたがないなあと、体で実験してみてわかったんです(笑)。
よいことに、わたしは別の大学で、プラズマの温度とエネルギーのコントロールの研究を長年やってきていたので、結果的に医療に使えるようなプラズマ装置(そうち)を作ることに成功しました。
ある日、プラズマをあてて24時間保温器(ほおんき)にいれてあった細胞をみたら、きちんと全部育っていたんです!!すぐに学生に研究させました。
それから4年ですが、心疾患(しんしっかん)や肺疾患(はいしっかん)の治療など、色々な可能性が見えてきました。心筋梗塞(しんきんこうそく)などでは、心臓の動きが悪くなったものに対して、血管を一時的に太くして、手軽に延命措置(えんめいそち)ができることが分かってきました。
---時間が勝負なのでしょうから、お医者さんにとっても患者さんにとっても、とてもありがたい装置ですね。ほかに、どのようなことができるのでしょうか?
今お話ししたのは、新しい細胞を再生する「再生医療」の分野ですが、刺激(しげき)の与え方によっては「がん治療」などにも使えます。
また、少し難しくなりますが、カーボンナノチューブにプラズマを使って分子と原子をいれると、半導体素子(はんどうたいそし)というものを作ることができます。学生が、その中にさらにDNAをいれたら、生体的特性をもちました。そうすると遺伝子(いでんし)治療薬(ちりょうやく)にもなりますし、抗がん剤(こうがんざい)にもなります。
---医療の分野で、どんどん応用ができる夢の装置ですね。
そうなのですが、でも、どのような理由でこれらの現象が起こっているのか、実はよくわかっていないんです。今、世界中がきそってその解明(かいめい)を急いでいます。
生体内で起こっている現象を観察していくと、何十もの情報を伝える物質がいっせいに反応するので、犯人が見えないんです。全員共犯にみえるんですよね(笑)。
学生たちも、「もうやめれば…」といってしまうほど、研究を楽しんでいます。この前も学生に、「その現象、世界ではじめてみたいよ。やっちゃったね(笑)」と言ったことがあります。
自分たちの研究が世界ではじめて、ということも珍しくはない研究分野なんです。
メカニズムの解明はできていないのですが、電気的な刺激が体の調子をよくすることは、昔から言われてきました。ヨーロッパでは、18世紀のころから頭に電気を通す実験を行っていたようです。なぜか調子がよくなると記された文献(ぶんけん)も見つかっています。
日本でも、平賀源内(ひらがげんない)が同じような報告をしています。エレキテルという発電機を使って、肩こりが良くなったという記述が残っています。
---ますますこれからが楽しみな分野なのですね!!いまだ未知の分野の医療の発展に、自分も貢献できるかもしれないのですから。ところで先生は、これから5年くらいの間に、どのようなことをされるのですか?
5年以内に、まずは治療(ちりょう)装置(そうち)を作りたいと思います。来週、試作(しさく)機がくるんですよ。今使っている実験装置は、映画に出てくる改造人間(サイボーグ)をつくる装置のような、怪しい機械のように見えるので、安心して治療がうけられるような医療装置を作っているんです(笑)。
それから、チップの埋め込み。つまり脳神経(のうしんけい)とデバイスを融合(ゆうごう)させます。
---チップ?脳神経とデバイスの融合(ゆうごう)?
今ある技術で、ガラスの上にプラズマを使って脳の神経が形成できるようにします。それを使って信号伝達できるニューロチップと呼ばれるもの作り、脳に埋め込みたいと考えています。
例えば、事故などで腕(うで)を切断(せつだん)されてしまった人がいたとします。その人の脳にチップをうめこみ、頭の中で「腕をうごかしなさい」と念じてもらいます。その「腕を動かす」という脳の中の命令をチップが電気信号として受け取り、それをワイヤレスでロボットの腕に情報を飛ばす。すると、そのロボットの腕が動く。そんなイメージです。
---うわあ…。それは、まるでSFの世界ですね!!
そうですね。アメリカでは、すでにそんな実験を行っています。しかしアメリカのやり方では完全に成功しているとは言えません。
プラズマを使って生体とチップをくっつけ、まるで全てが生体であるようなものに加工することはできます。拒否(きょひ)反応も起こりません。
問題は、脳からの情報は電気情報なので、それを受け取るところが金属でなくてはならないこと。金属は腐る(くさる)ので、時間がたつと精度が落ちますし、異物(いぶつ)なので拒否反応も起こります。
今わたしたちは、その金属の部分を炭素(カーボン)に変えて電気情報を受け取る研究をしています。アメリカでは金属を使うしかないというのが定説ですが、それ以外にもあるんじゃないかと考えています。
---とても夢のあるお話しですね。それが仮説(かせつ)ではなく実証(じっしょう)されることを心より願います。先生や学生さんたちが本当に楽しそうにご研究されているのがわかります。
こども達にも夢をもってもらいたいですね。わからない事、新しい事がたくさんあります。スタートレックのような時代は来ると思っています。知識で物事を考えていると、理解できない現象がたくさんあります。ぜひ、みなさんにも、そのような楽しさをあじわっていただきたいと思います。
---それはそうと、こどものころ、先生はどのようなお子さんだったのですか?
幼稚園のころからずっと、研究者になりたいと思っていました。ですから、こどものころの夢は実現しているということですね。
---幼稚園のころから「研究者」ですか?どうして「研究者」だったのでしょうか?何かきっかけがあったのですか?
父も祖父も工学系だったので、小さい頃から物を分解したり作ったりできる環境だったからだと思います。あこがれていたのは、仮面ライダーに出てくる、ショッカーに狙われている博士(笑)。改造人間を作りたいと思っていました!!
マンガを読んでいるより、図鑑を見ているようなこどもでしたね。自然観察も好きでした。毎日、朝顔のつるのまきかたを、あきずに見ていました(笑)。
わたしの息子も、似ているんです。先日も駅の改札のしくみをわたしに教えてくれたんです。カエルの子は、カエルですよね(笑)。
こども達には「なぜ?」と思う気持ちは大切にしてほしいと思っています。楽しい発見がたくさんあるはずです。
---平田先生、ありがとうございました。プラズマ医療が、未来のわたしたちの常識(じょうしき)として、日常的に使われている日々を想像しました。楽しみにしています。
取材:瀬川真未、梅澤信也、山下友理